アラフォー

今年で35歳になる。何事も遅すぎることはないとは良く言うが、古典的な実存主義者としては受け入れ難い。当然、遅すぎることはあるし、この歳を迎えてまさにそうした遅すぎた事たちと向き合うことが増えた。

若いうちは「無限の」可能性に託けて希望だけで生き得ることができる。しかし、年老いまたいくつかの重要な選択を重ねるにつれて、その無限の可能性の枝は刈られていく。この枝が無くなった時、想像力は単なる妄想となる。全てを現実として受け入れるか、それができなければ精神病の世界が待ち構えている。

現実の気配が自分の真後ろでする時何ができるだろうか。現実より早く走るしかない。根本的な体力や知力が衰え出した今、それでもなお今までより早く走るには何か質的な変化が必要だ。質的というの、例えば、体を構成する物質の量や比率が変わったり、脳をスキャンしたら違いが明らかになるようなそういう変化だ。おそらく意志の力に頼れるレベルの変化ではない。