書評: 長沼伸一郎『現代経済学の直観的方法』(1)

現代経済学の直観的方法 amazon.co.jp

評価: ★★★★★

自己増殖する資本主義。経済活動が拡大し続けるという認識が一般的になり、インデックス投資への注目が集まっている。可処分所得を最大化し余剰資金を株式投資にまわし早期リタイアしようとする人も目に見えて増えた。

一方で、その楽観主義に疑問を持つ人も多いだろう。果たしてこんなことがいつまで可能なのだろうか。世の中は良くなっているのだろうか。私達の生活には何が起きているのだろうか。もし、成長に歯止めがかかるときが来るとすれば、それは一体どんな形でだろうか。

本社は以下の章立てで、資本主義の誕生、自由貿易の歴史、主要な経済理論、貨幣の仕組み、暗号資産などについて解説し、こうした疑問に答える手がかりを与えてくれる良書である。

  1. 資本主義はなぜ止まれないのか  
  2. 農業経済はなぜ敗退するのか 
  3. インフレとデフレのメカニズム
  4. 貿易はなぜ拡大するのか 
  5. ケインズ経済学とは何だったのか 
  6. 貨幣はなぜ増殖するのか 
  7. ドルはなぜ国際経済に君臨したのか 
  8. 仮想通貨とブロックチェーン 
  9. 資本主義経済の将来はどこへ向かうのか

タイトルからは想像しにくいが、全編を通じて筆者の資本主義への懸念は色濃い。また、物理学者というバックグランドを活かして最終章に展開されるメンタルモデルはかなり「意欲的」であるが、そうした大胆さがこの本を類書と一線を画す面白さにしている。

資本主義の成長と金利

資本主義が成長し続けるのは金利のためである。多数の企業が設備投資のための資金調達を行い、その利子の返済のために借りた資金よりも大きな売上をあげる必要がある。自己資金だけで健全な経営ができないのは熾烈な競争のためである。早いもの勝ちの世界で資金が貯まるまで待っていては生き残れない。

設備投資が銀行から金を借りて行われる以上、金利は経営者の意思決定に大きな影響を及ぼす。金利が高い場合、一旦つまずくと首がまわらなくなるので、経営者は設備投資をしなくなる。この貸出金利をコントロールすることで、政府は経済活動に干渉することができる。

さて、銀行の金が元々どこから来ているかと言うと、それは我々の貯蓄である。この貯蓄と金利の歴史はいつから始まったのだろうか。中世カトリックは教会への寄進によって、中世イスラム世界では喜捨によって貯蓄が抑えられていた。しかし、一般にマックス・ヴェーバーの理論で知られるように、カルヴァン主義が禁欲的労働による貯蓄と金利を肯定し、これが資本主義の土壌を形成したとされる。

産業構造の変化

物の価格を決めているのは需要と供給の関係である。農作物は供給を増やすことができる一方、需要の変化が少ないため値崩れから逃れることができない。他方、供給の伸びがより早くとも、需要をポジションの変化で柔軟に伸ばすことのできる商工業は農業に対して優位に立つことができる。

とはいえ、商工業の柔軟に変化する需要も過当競争で簡単に飽和してしまう。これを打開するのが、技術革新による新たな需要の創出である。産業革命と重工業のもたらした需要の飽和は1873年の恐慌をもたらすが、テレビ・自動車・洗濯機に代表される1920年代からの大量消費社会が新しい需要を産み、景気は再び上向きとなる。この消費ブームも1980年代の末頃に終わりが訪れるが、これにIT革命によるイノベーションが取って代わる。

ITによる需要は自動車などと違い陳腐化が早く、特に雇用の面で経済を長期的に支えることができないという弱点がある。

インフレとデフレ

インフレの例として、第一次世界大戦後のドイツのような「紙幣乱発型」のものがよく知られているが、これは今日の西側先進国にはほぼ無縁である。現実には、供給のボトルネックから生じるインフレのほうがはるかに一般的である。供給が常に需要の増大に比例して増えれば物の値段は一定のままだが、実際は希少金属のようにどう頑張っても供給が増えないものがあり、こうした「ボトルネック」の値上がりが全体に波及してインフレが起こる。これはつまり、好景気は必然的に多少のインフレを招くということであり、政策目標にある程度のインフレが組み込まれていたりするのもそのためだ。

ただし、石油危機のようなボトルネックが外因のインフレもあり、この場合は好景気=インフレの図式は成り立たない。このように不況とインフレが共存する状態をスタグフレーションという。

ところで、インフレの何が問題なのだろうか。100年前と比べると我々は数万倍のインフレの状態にあるわけだが、その分だけ苦しんでいるというわけではない。給料と物価がともに同じ倍率で上昇する限り実際の生活には何の変化もない。このことから、貨幣の上で起こる数字の変化は実体経済に影響を及ぼさないとするのが「貨幣の中立性」という考え方だ。

一方で貨幣の擾乱が実体経済に大きな影響を及ぼすとするのがケインズ学派だ。現実世界では給料と物価が全くの同時に上がるわけではない。まず企業が値上げをし、物価上昇に反応して労働者が賃上げを要求する。賃上げによる労働コストを理由にさらなる値上げが起き、同様のサイクルが繰り返される。ここで注目すべきは、このサイクルにおいて労働者が常にワンテンポ遅れて反応しているということだ。つまり、値段の上昇一サイクル分だけ、経営者が常に余分な利益をあげることができ、一方で労働者は貧乏くじを引くことになる。

デフレの場合はこの逆のことが起きる。まず、モノが売れなくなると商品の値下げが起こり、賃金カットはその後で行われる。ここでは労働者のほうがワンテンポだけ得をする。ただし、デフレはインフレよりたちが悪い。デフレ時は買い控えが有利になり、社会全体で消費が冷え込み物価と賃金の下落にどんどん拍車がかかるためだ。そのため、一般に緩やかなインフレが社会全体にとっては好ましいとされる。


長くなって息切れしたので、今回はここまで。たぶん別の記事に続く。