Don't Trust Anyone Over Thirty

去年30歳という節目を迎えた自分の精神状態は、その数字から期待されるような安定したものでは全くない。毎年3月に思いの外寒くて苛立つような感覚に近い。

10代や20代のころは無意識のうちに自分の無限の可能性というものに依拠していた。もしかしたら自分は何者かになれるかもしれない。しかし、30代になって、いよいよ現実が想像上の自分を捉えようとするような感覚に苛まれるようになった。ここまで自分が培ってきたきたもので戦うしかない。今の自分をとりまくしがらみを全てかなぐり捨てて「ありえたかもしれない人生」を生きるには遅すぎる。そもそも、そのありえたかもしれない何かが何なのかさえ分からない。

Moonridersの曲にDon’t Trust Anyone Over 30という曲がある。真意は定かでないが、この曲は30歳の男の迷いと弱さを見事に描いている。

この男には妻と子供、そして彼女がいる。歌詞の中で、彼はそれぞれに順番に別れを告げる。

昨日の朝 トーストを食べて 子供に言った パパは帰らないよ

昨日の夜 ちょっとしたバーで 彼女に言った ぼくはいなくなるよ

おとといの夜 行為を終えて 女房に言った きみを愛している だからぼくの好きにさせてくれ

しがらみを捨てた彼はいったい何をするのか。

冬の海まで車を飛ばして 24時間砂を食べていたい 長い線路をひとり歩いて そっと枕木に腰を降ろしたい

前半の生々しい描写とは対照的に、彼の思いは抽象的だ。彼を制限しているのは現実ではなく、彼の想像力なのだ。想像の世界でさえ何をしたらいいか分からない。「自分を超越した何か」「こここではないどこか」というような、自分の人生がより高尚な何かへの途上のような感覚を引きずったまま大人になってしまったのだ。

30歳の自分は本当は何も分からなくて、誇ることも語るべきこともこれっぽっちもない。毎日が不安と恐怖でいっぱいだ。

ある人間は自分の人生の正当化をはじめるかもしれない。これがありえた中で最善だったと。一方で、自分を正当化することができない人間は「何も分かりません」などとは言えるはずもなく、社会が要請するような頼れる大人像を演じるだろう。

いずれにせよ彼らから真実を聞けることは無い。だから30歳以上の人間を信じてはいけないのだ。