ブリティッシュコメディ入門ガイド

機械の人間性

Google Assistantの進化が一躍ニュースとなり、機械が発する"Mm-hmm"に人々は湧いた。この冗長さに我々は一瞬、機械の人間性を垣間見たのである。

文頭に「お疲れ様です」と書かれたメールが届く。コミュニケーションの達成という面では、この一文は冗長である。しかし、この人の人間性を慮るという点では情報量を持っている。社会範例に従うことに重きをおいているのかもしれない。はたまた単に受信者である僕との距離感を感じているのかもしれない。

第二言語と人格

イギリスに移り住んで1年と5ヶ月がすぎようとしている。伝えたいことを伝えるのにほとんど不自由はなくなってきた。だが、コミュニケーションにまつわるフラストレーションは尽きない。なぜか。母語での人間性を再現できないからである。道具として習得した言語である以上、その表現や語彙は具体的な目的を達成するためのものに限定されている。しかし、先に述べたように、人間性というのはコミュニケーションの冗長な部分に宿る。冗長であるということは、選択肢があるということだ。日本語であれば、語彙、句読点の位置、文章の構成、その全てが自分の人間性を伝えるための選択である。しかし、英語では自分の使う言葉が果たして自分らしさを持っているのか計り知ることができない。Whatに関しては選択肢があっても、Howに関してはほとんど選択肢がない。

この国の言葉で人格を獲得するために、僕はコメディをひたすら見ることにした。コメディというのは冗長なコミュニケーションの宝庫だ。多くの場合、全体を支配する目的、物語の方向は存在するのだが、我々が期待しているのは目的が達成されることではなく、それが達成される過程で起きる滑稽な人間劇である。

もしくは、テレビをダラダラと見ている自分を正当化するために、これらの考えをでっち上げただけかもしれない。


さて、おすすめのブリティッシュコメディを紹介してくわけであるが、それぞれに難易度をつけた。これから見る人の時間を節約するためである。

この国のコメディには独特のスタイルがあり、英語がよほど得意か、そのニュアンスを理解している人でなければ、初見で楽しむのは難しい。例えば、僕は以下で紹介するThe Officeを1年前に見たが、最初はピンとこなかったので、他のものを見てからもう一度再挑戦して、はじめてそのニュアンスを会得した。同じ目にあわないために、難易度が低いものから見ることをおすすめしたい。

入門と謳っているので、ここではMonty PythonFawlty TowersBlackadderのような古典には触れず、1990年代以降の比較的モダンなものだけを紹介する。

The IT Crowd

(難易度: ★☆☆☆☆)

入門用にぜひともオススメしたいのがこの作品である。イギリス特有の要素が少なく、その分、前提知識無しで楽しめる。Laugh trackがついているので、笑いのポイントも分かりやすい。

舞台は、Reynholm Industriesという架空の会社。そのIT課で働くMaurice MossとRoy Trennemanの元に、ITに関する知識の一切ないJen Barberがマネージャーとして着任するところからストーリーは始まる。

次のシーンは"Smoke and Mirrors"から。Mossはアブラカダブラという名前のブラジャーを発明し、同僚とともにDragon’s Denに出演するが、特殊な素材を使用していたためにブラジャーが発火してしまう。プレゼンは大失敗に終わるがRoyは"We are looking for £400,000 at two per cent"と、それでも果敢に金銭を要求する。ちなみに、Dragon’s Denというのは、日本の「マネーの虎」のフォーマットが海外で広まったものである。

緊張して同じことを何度も繰り返し話してしまうということは誰しもあるが、英語のステレオタイプがどんな感じになるのか知れるのも面白い。

Jen: Women in the workplace… Women working in a workplace environment, work in workplaces, where they work and as a woman, as a worker, as a women worker who works in workplaces… sorry a bit of asthma.

Peep Show

(難易度: ★★☆☆☆)

カルト的な人気を誇る本作。自分はこれでブリティッシュコメディにハマってしまった。一番好きな作品と言われれば、これを挙げるだろう。毒々しい笑いと、インモラルなキャラクターはイギリスのコメディならではだが、一方で英語はそこまで難しくない。

主人公はMark CorriganとJeremy Usborne。2人はCroydonでアパートをシェアしている。JLBクレジットでローンマネージャをしているMarkは、社会性の欠如と、その厭世的で理屈っぽい性格のため何をやっても上手くいかない。一方、ミュージシャンを目指すJeremyは楽観的で怠惰な性格で、向こう見ずな行動をしてしばしばMarkを困らせる。

9シーズンもあるため、紹介するシーンの選定が非常に難しいが、2人の関係性をうかがい知ることができる以下のシーンを第2話"The Interview"から選んだ。

Markは、Jeremyに家賃を払わせるため、自分が働く会社の面接を受けさせる。一方、Jeremyはミュージシャンとしてのキャリアを諦めておらず、この仕事に全く興味が無い。

Jeremy: I’m looking for something more relaxing.

Mark: Challenging. He means challenging.

Barbara: I expect Jeremy knows what he means.

Jeremy: No, challenging is right but a bit more of a relaxing challenge. More like doing a crossword than a tracheotomy.

Jeremy: [voiceover] Shit, my natural bloody charm is swinging in it. Got to do something.

面接官はJeremyの受け答えに落胆の色を隠せないが、本人は自分の受け答えが完璧でこのままでは面接に受かってしまうと考え、あえて変な顔をして不合格になろうとする。最後には面接官をマルチ商法のターゲットにしようとして、Jeremyを紹介したMarkの面目を丸潰しにしていまう。

POV(point-of-view)と呼ばれる一人称視点のカメラワークの多用と、登場人物の心の声のボイスオーバーがこの作品をより一層ユニークにしている。POVに関しては相当な苦労があったようだ。

Mitchell and Webb Look

(難易度: ★★☆☆☆)

Peep Showの主人公を演じるDavid MitchellRobert Webbによる、スケッチ・コメディ。コンテキストが難しいものも多いが、分からないものはスキップできるのがスケッチ・コメディの良いところ。

この結婚式のスケッチにはDavid Mitchellの魅力が詰まっている。人間にとって不都合な現実を理屈っぽいフレーズで畳み掛けるのは、彼が最も得意とするスタイルだ。

友人代表として結婚式のスピーチをするが、新郎が新婦のことを「世界一美しい」と言ったことに対し終始突っかかる。

The most beautiful women in the world? I don’t think so, mate. (中略) Have you all gone mad? She is not the most beautiful women in the world. She is top half probably but that’s largely because of her relative youth. (中略) You know she is not really deep down. You’re not mad. You just fancy her more than she is objectively attractive. Which is good! Two people a little bit deluded each other’s favour. That’s what love is, isn’t it?

新郎は新婦の客観的な魅力とは関係なく彼女に惚れてしまったのであり、二人の人間が互いの好みを騙し合うのが恋愛である。新郎をはじめとして、ここにいる全員が彼女が世界一美しい女性でないことを知っているはずだ、と力説し会場を混乱させる。

The Office

(難易度: ★★★☆☆)

このあたりから、ブリティッシュコメディならではセンスが色濃くなる。テーマは"awkward"。見ていてゾワッとする気まずい瞬間を楽しむのはイギリスのコメディでは比較的よくあるスタイルだが、日本ではあまり見かけない。共感性羞恥などどこ吹く風だ。

登場人物は誰も笑わない。なぜなら彼らにとっては不快な体験でしかないからだ。第三者としてそれを客観的に目撃する我々にとってのみ、それが「笑い」となる。誰も笑わないため、仔細が分からなければ笑いのポイントを見失ってしまう。それゆえにある程度の英語力が要求される。

本作はWernham Hogg Paper CompanyのSlough支社で働く従業員をフィーチャーした架空のドキュメンタリーという体をとっている。ちなみにこのようなドキュメンタリー風のスタイルのことをMockumentaryと呼ぶ。主人公はRicky Gervais演じるゼネラルマネージャーのDavid Brent。彼は自分のことを、知的で魅力的なユーモアに溢れた人気者と思い込んでいるが、実際はその真逆である。彼の主観的な評価と客観的な評価の齟齬が周りを不快な気持ちにさせる。

次のシーンはSeason 2の最終話、“Interview"の冒頭から。

解雇通告を受けたことに対しDavidはポジティブな反応を見せる。

You know, I can’t imagine Jesus going, “Oh, I’ve told a few people here in Bethlehem I’m the son of God. Can I just stay with mum and dad now?” No, you’ve got to move on. You’ve got to spread the world. You know, you’ve got to go to Nazareth, please. And that’s very much like me.

傲慢にも自分をイエス・キリストと比較し、彼が両親から離れてベツレヘムからナザレに行かなければならなかったように、自分もここSloughを離れなければいけないという。

また、彼は自分が解雇されることで部下が落ち込むのではないかと心配し、各々に話しかけてまわるが、従業員たちは特になんとも思っておらず、話が噛み合わない。

David: Be a bit weird for you, will it? when I’m…

Jamie: Well, different, certainly.

David: Sadder, sadder. I’m telling this to everyone. I do not want you going. “Oh, that’s it. We’re out of here. There’s no point.” Or walking around with your shoulders…

Jamie: Sorry, can I just get that?

Extras

(難易度: ★★★☆☆)

同じくRicky Gervais主演。

主人公のAndyは役者だがエキストラとしての仕事しか回ってこない。本人は自分のことをしばしば「バックグランドアーティスト」と呼び、単なる脇役では無いことをアピールする。セリフをもらうために有名な役者やプロデューサーに媚を売るがなかなか思うようにならず、また、いい加減な彼のエージェントは彼に仕事を持ってくるどころか、彼の仕事の機会を奪ってしまう。

ちなみに、このエージェントを演ずるStephen Merchantは、Ricky GervaisとともにThe OfficeとExtrasの脚本も担当している。

名作の一つではあるが、各回に著名人が本人として登場するという性質上、英語圏のエンタメ事情に詳しくないと100%楽しむことができない。Ricky Gervais作品としては、まずThe Officeのほうをおすすめする。

Father Ted

(難易度: ★★★☆☆)

Peep ShowやThe Officeに代表されるようなアクの強い笑いではなく、ドタバタ喜劇。The IT Crowdに近いが、それもそのはずで作家が同じアイルランド人のGraham Linehan。同じブリティッシュコメディと括られるが、イギリスとアイルランドでは笑いの質が異なるようだ。

舞台はアイルランドの架空の島Craggy Island。主な登場人物はこの島に追放された3人のカトリックの司祭、Ted Crilly、Dougal McGuire、Jack Hackett。島の住人も含め、Ted以外は皆「異常に」まぬけであり、そのためにTedは色々なトラブルに巻き込まれる。

次の動画は、最初のエピソード"Good Luck, Father Ted"から。冒頭、Tedは僻地の司祭を取り上げるテレビ番組の取材オファーを受ける。自分だけが出演したいTedは、DougalとJackに隠れて撮影現場に赴く。しかし、そこは移動式遊園地の会場となっていて、DougalとJackに鉢合わせしてしまう。結局、テレビリポーターはDougalをTedと勘違いして取材し、彼の無茶苦茶な言動がTedのものとして放送されてしまう。

この作品の醍醐味はなんといっても、その間抜けな島の様子の描かれ方である。この遊園地の催し物は、“Freak Pointing”、“The Ladder”、“Spinning Cat"など、全くもってくだらない物ばかりだが島民がこぞって押し寄せている。話の肝であるこの島の退屈さと知的水準の低さを視聴者に一瞬で伝える重要なシーンだ。

明瞭な笑いだが、アイルランド英語を終始聴くことになるため聞き取りが難しく難易度を星3つとした。

I’m Alan Partrige

(難易度: ★★★★☆)

主人公でTV・ラジオパーソナリティのAlan Partridgeは、その低い評判のため、TV番組を降板させられる。シリーズ1では、そのAlanがNorwichのラジオ局で早朝の番組を担当しながら、テレビ界に復活しようと奮闘する。

Alanは、無能であるにも関わらず、自信過剰で他人の気持ちが分からず、それゆえに残念な生活を送っている。The Officeをはじめとして、イギリス人は「イヤなヤツ」生み出す天才である。非現実的なキャラクターではなく、実際に人間が持つ嫌な部分を凝縮したようなリアルな不快さがある。

次のシーンは"To Kill A Mocking Alan"から。

Alanは2人のアイルランド人のTVプロデューサーに自分を売り込もうとするが、彼らを不愉快にする発言を続けてしまう。ちなみに、この2人を演じているのは、The IT Crowdの作家であるGraham LinehanとArthur Mathewsである。

Aidan: Ever been to Ireland, Alan?

Alan: No, I’d love to go.

Aidan: It amazes me when people say that. It’s only 49 quids on a plane.

Alan: I think that’s what puts me off.

さらに会話を続けようとするが、どういうわけかジャガイモ飢饉血の日曜日事件やなどのネガティブな話題にばかり触れ、さらにそれらに関して軽率な発言を繰り返す。

Alan: So, how many people were killed in the Irish famine?

Aidan: Erm. Two million, and another two million had to leave the country.

Alan: Right. If it was just the potatoes that were affected, at the end of the day, you will pay the price if you are a fussy eater. If they could afford to emigrate, then they could afford to eat in a modest restaurant.

「疫病によって被害を受けたのはジャガイモだけであるから、飢餓に苦しむのは偏食家である」というジョークのつもりなのか、それとも単なる無知なのかはともかく、不謹慎な発言をして2人を面食らわせる(貧農の多くは実際にジャガイモに食料を依存していたわけで、もちろん決して偏食家だったわけではない)。

途中のAlanの妄想シーンでは、2人は銃を持ち黒いベレー帽をかぶっている。これはアイルランド共和軍(IRA)を暗示していると思われ、ここでも、Alanのアイルランド人に対する短絡的なイメージが顕になる。同様に、英語圏のコメディではナチスやKKKのような負の遺産がしばしばジョークのために参照されるが、臭いものに蓋をする傾向のある日本のテレビコンテンツに慣れている我々からするととてもショッキングである。

ストーリーラインは複雑ではないものの、Alanの独特のユーモアのセンスとボキャブラリーのせいか比較的難しく感じる。

The Thick of It

(難易度: ★★★★★)

明確な笑いがあるわけでなく、人々が散々な目にあって、それが全体として滑稽で面白いという、これもブリティッシュコメディらしい作品だ。

イギリス政府の内政を風刺した作品で、それぞれの部門は様々なスキャンダルの対応に追われるが、その不適切な対応のため事態は一層深刻化していく。各々がひたすら互いに罵り合う罵詈雑言の宝庫で、一生分のSwear Wordを聞くことができる。普通の人は数秒ごとに辞書を引くことになるだろう。

この作品を象徴するのは、なんといってもPeter Capaldi演じるMalcolm Tuckerである。極度な短気であり、大声で暴言を吐き人々を丸め込む。

次は、口汚い会話をやめるように頼まれたMalcolmが、さらなる暴言で応酬するほんの短いシーン。

A Man from another office: I’m sorry, can you stop swearing please?

Malcolm: I’m really sorry, you won’t hear any more swearing from us, YOU MASSIVE, GAY SHITE! FUCK OFF!

ちなみにshiteというのはshitという同じ意味らしいがイギリス特有のスラングだ。

イギリス政治に関する多少の理解が必要なのと、日常では聞くことのない不適切表現の嵐のため、かなり難しいのではないだろうか。


テレビとカタルシス

はじめは軽い気持ちで見始めたコメディだったが、そのクオリティの高さに心を打たれた。そして、日本のテレビコンテンツでこうした感情になったことがないことに少しがっかりした。

戦争、差別、性的倒錯。そこには日本のフィクションでは決して見ることのできない、人間の恐ろしく低俗な部分が広がっていた。社会的な活動を維持するためのルールと個々人の素朴な感情というの往々にして一致しない。ここで描かれているのは、我々誰もが感じる、しかし、日常ではとても口にできない感情を露わにし、結果として人々を混乱に巻き込む人間の姿だ。社会的な存在でいるために、我々が禁止されていることを代わりにやってくれる人々の姿だ。この国のテレビではアリストテレスの説いた、カタルシスがまだ機能しているのだ。

カタルシス(〈ギリシャ〉katharsis)

《浄化・排泄の意》

1 文学作品などの鑑賞において、そこに展開される世界への感情移入が行われることで、日常生活の中で抑圧されていた感情が解放され、快感がもたらされること。特に悲劇のもたらす効果としてアリストテレスが説いた。浄化。

2 精神分析で、無意識の層に抑圧されている心のしこりを外部に表出させることで症状を消失させる治療法。通利療法。

(デジタル大辞泉より引用)

イギリスは京都に例えられることが多い。表向き紳士であるが、その裏で、これほどえげつのないコンテンツを生み出している。だが、これは矛盾でもなんでもなく、むしろ必然なのである。

残念ながら日本のテレビコンテンツはカタルシスとしての機能を失ってしまった。視聴者からの反応を重要視するあまりに、社会的規範がテレビにも求められるようになった。その一方で、社会規範を現実に破ってしまった芸能人、政治家がこの機能を担っている。

架空の世界が自由であることが、現実世界の秩序を支えていることを知らない人が多すぎるのだ。

紳士が紳士でいるために、フィクションの世界にモラルを求めるのをやめてみてはどうだろう。